2020年も残すところ3ヶ月を切りました。新型コロナウイルス感染防止対策でテレワークを開始したのが桜の咲く頃でしたが、いつの間にか紅葉が綺麗な季節になってしまいました。すっかり一般的になったテレワークですが、ある機関の調べによるとテレワークが一般的になってきたことで社員にノートパソコンを支給したIT企業は7割を超えるとのことです。残りは既に施策済とのことで実質9割以上のIT企業がテレワーク導入していることになります。
ところがテレワークにあたり、中小の企業から「社員に一律で最新のノートPCを支給しているのに一部の部署で効率が下がったのはなぜ?」というようなことを聞かれることがあります。
どうせ見ていないところでサボっているんだろう……と思うかもしれませんが、その社員というのがクリエイターの場合は一概に「さぼり」と言えない状況があるのはあまり知られていません。
作業効率が下がったのは環境のせい?
クリエイターの効率が下がっているのならまずは「PCのスペック不足」を疑ってみてください。
実はテレワークで支給された作業環境に困っているクリエイターさんは多いのです。
と言うのも支給PCは基本的にモバイル性を重視したノートパソコンが主流です。ノートパソコンなので基本的なスペックは低消費電力版CPUに内蔵グラフィックでしょう。画面サイズが13インチ~15インチで解像度はFHD(1920x1080)なら良いのですが、格安ノートパソコンの場合はHD(1366x768)ということも。これでは重い編集ソフトを動かすだけでもスペックが追いつかず、画面解像度が低い場合は外付けモニタ必須となりグラフィックのためのシステム負荷が肥大してしまいます。
また、リモートで社内のワークステーションへアクセスするにしても今度はあちらこちらでテレワーク実施中ということもあり、都内のマンション(集合住宅)でネットを利用する場合は回線をシェア(Bフレッツマンションタイプなど)している都合で混雑状態になり描画に遅延や切断が起きることになります。これでは効率の良い作業環境を確保することができませんよね。このような理由で本来であればテレワークに最適なはずの業種にも関わらず納期との兼ね合いでやむを得ず出社している方もいるようです。これでは本末転倒で何のためのテレワークなのかわかりません。
CPU至上主義や一点豪華主義はダメ
情シスを抱える大手企業やデザイン系・技術系の専門会社であれば各部署の作業内容に見合った必要スペックなどを把握しているので問題ないのですが、情シスの居ない中小規模の企業では経営陣が社員用を人数分一括で調達することが多いのも影響しているようです。この一括というのが曲者で、9割の社員が汎用的な事務作業に困らないスペックのPCを一括で導入しているという事実です。販売する側の営業担当もデザイナー・クリエイター用と指定がない限りは大まかなスペックと台数を指定されるとそれ以上の提案が難しいでしょう。
また、調達担当の方で稀にPCはCPUが良ければ高性能という「CPU至上主義」の方もいらっしゃるので、例えばメモリ8GB、SSD256GB と基本性能はそのままに CPUを Intel Core i7 / Core i9 にカスタムアップグレードした一点豪華主義的なノートパソコンを選ばれることもあります。これでは 各種パーツスペックを増強したクリエイターモデルPCの調達はますます遠のいてしまうことになります。
一般的な燃費の良い(低電力CPU版)ノートパソコンの作業は(ワード・エクセル・WEBブラウジング)に向いているがクリエイティブ作業(Adobe や 2D/3D CAD)には不向きですし、体感速度を向上させるのが目的ならCPUランクを落としてもメモリやストレージを向上させるほうが快適です。
これはあまりクリエイターモデルが一般に出回っていないという問題もあるのですが、一般的な認識ではパソコングレードは「松(Core i7/i9)、竹(Core i5)、梅(Core i3)」+メモリ容量&ストレージ容量の組み合わせ程度でしょうし、スペック表で書いてあったにせよ発熱量(最大クロック・TDP)や最高解像度、同時発色数などに一般人の目が行くことは稀です。
しかしデザイナーやクリエイターが重要視しているのは CPU だけでなくグラフィック性能(高解像度の液晶ディスプレイ+GPU<Quadro/Geforce、Radeon/FireProなど>)、大容量メモリ、大容量&高速ストレージ、Wi-Fi6高速通信 などのバランスの取れたハイスペック構成が基本になっているのです。
最適な環境を確保するには
さて「用途に応じたパソコンが有る」ということはご理解いただけたかと思いますが、一口にクリエイターと言っても様々な職種がありそれぞれに応じたパソコンの必須スペックが存在します。そしてスペックを読み取るためには各構成パーツを理解しなければなりません。下記に簡単な解説を記載しておきますので参考にしてみてください。
各パーツのチェックポイント
【CPU】Intel Core i5/i7/i9 or AMD Ryzen 5/7/9
最近のCPUはコア数の増加で性能を向上させている感がありますが、2020年秋の時点で人気のCPUは Intel Core i または AMD Ryzen になります。何が違うのかを話すとそれだけで1記事書かなければならないくらいのボリュームが必須になるので割愛しますが、CPUの性能は シングルコアの性能+マルチコア(スレッド)の性能 で決まります。シングルコアで高速作業をするソフトウェアの場合はシングルのクロック周波数が多ければ高速に動作し、マルチコア対応ソフトウェアの場合はコア数(スレッド)が多いとそれぞれのコアで分担して作業するので作業結果が早く得られます。ただし、ソフトウェアによっては利用可能なコア数に上限を設けている場合もあり、例えばデスクトップ用CPUの 64コア128スレッド(AMD Ryzen ThreadRipper 3990X など)を利用しても性能を十分に発揮できない場合があるので利用するソフトウェアの動作環境を確認する必要があります。ビジネス用パソコンでは vPro 対応の Intel Core i シリーズに人気が集中しており、今回の趣旨に適したノートパソコンでは CPU が 4コアでは力不足となるため、6コア12スレッド 以上を選択すると良いでしょう。
【GPU】クリエイターにCPU内蔵グラフィックはあり得ない
一般的なノートパソコンのグラフィック機能はCPUに統合されているため専用のグラフィックチップを搭載していませんし、グラフィック用のメモリ領域もメインメモリから拝借しているので高精度のグラフィックを高解像度で表示することができません。これを解消するためには専用のGPUを搭載することになります。代表的なものはnVidia(Geforce/Quadro)、AMD(Radeon/FirePro)がありますが、nVidia製品を搭載(後述のAPIに最適なもの)していることが多いようです。メモリ容量は大いに越したことはありませんが、デスクトップ用GPUカードと違いノートでは GPU の増設や交換も不可と制約が多いので購入時に余裕があれば最大限上位GPUをセレクトすることをおすすめします。
【APIによるQuadro/Geforce の違い(nVidiaの場合)】
Quadro/Geforce の最大の違いはDirectX や OpenGL などの APIに最適化されていることです。基本的に GeForce は DirectX、Quadro は OpenGL (これをAPIという)に対応しているため、例えば OpenGL の場合は最上位の GeForce であっても エントリーまたはミドルクラスの Quadro 並の性能といった現象が起きる(動かないわけではない)ことがあります。ソフトウェアの動作環境を確認すると 「OpenGL に対応したグラフィック」 のような記載があるので参考にすればよいでしょう。もちろんソフトウェアの中には OpenGL DirectX の両方記載はあるものも存在しますが、GeForce は OpenGL を不得手としており、Quadro は DirectX を不得手としている点だけは覚えておきましょう。
【メモリ】速度が重要
今回はノートPC用メモリについて解説しますが、現在(2020年秋)のノート用メモリは規格としてDDR4が採用されています。DDR4メモリは速度によってその性能は異なっており、主流は2666MHz、高速版では 3200MHz(稀にそれ以上の速度)となります。この速度とは別に容量を選択する必要があり、容量が多ければそれだけ作業領域が多くなり、メモリ領域が不足した際にデータをストレージへスワップ(待避)させることがなくなるためストレスなく動作するようになります。クリエイティブ環境で作業する場合は最低でも16GB、できれば32GB以上を搭載したいですが、メーカーによってはオンボードで増設不可となっている場合があるので購入時に増設可能か否かの確認が必要です。増設不可の場合はできるだけ購入時に増設しておくことになります。
【画面と解像度】高解像度で RGBカバー率○○%
皆さんはテレビのカタログなどでパネル種類が TN、VA、IPS(ADS) などと表記されているのを見たことがあるかと思いますが、ノートパソコンもこれらと同じく液晶には様々な種類のパネルが存在します。ゲーミングを謳う機器は応答速度の速いVAを採用することが多いのですが、ビジネスや開発では主にIPSパネルが利用されており、このIPSパネルは発色がよく視野率が平均178°と高いため斜めからでもよく見えると非常に人気があります。これに加え、最近ではHDR対応化やAdobe RGBカバー率 ○○% などが付加されています。特にAdobe RGBカバー率については商業用の原稿画像の再現度に影響するため非常に重要です。また解像度を見るとFHD(2K)~2.5K、上位モデルでは4Kを利用している場合もありますが、クリエイターにとって画面は作業に大きく影響するのでできるだけ高性能・高解像度なものを最優先でセレクトすることになります。とは言え、大抵のクリエイターがクラムシェルモードで外部モニタをメインにしているので内蔵画面はFHDにして予算を抑えつつ外部モニタで高性能・高解像度のものを選ぶとよいでしょう。
【ストレージ】容量、速度、規格
最近はメモリと同様にオンボードストレージとなっている機種が存在しますが、Cドライブ単体とした場合は500GB以上のものを、起動ドライブ+ストレージ兼用の場合は1.5TB以上のものを推奨しています。動画編集など高速な読み書きが必要になる環境ではNVMe規格のSSDを採用しているパソコンが理想的です。また動画編集など大容量のストレージが必要な場合は500GBに抑え、予算を外付けストレージに回すという手もあります。 USB-TypeC や Thunderbolt3 であれば外付けストレージやNASを高速にアクセス可能なので余分なデータで容量圧迫にならずにすみますし、内蔵ストレージが故障した場合でもデータを保全することにも繋がります。ゲーム開発環境においてはテスト動作の際に画面切り替わり読み込みや戦闘読み込みによる切り替えがスムーズに行えるようある程度の内蔵領域が必要になるのはご承知のとおりです。用途に応じて最適な容量を選択することになりますが、迷われる方は1TB以上を選択しておきましょう。
システム導入の指針
システムの構成パーツについて理解を深めたところで今回は大まかに「○○するならコレ」という指針をいくつかご紹介していくことにします。
CAD・設計
CADでは高度な計算が行われます。CADで有名なソフトウェアとしてVectorworks や AUTODESK などがありますが、CADでもありモデラー・レンダラーでもあるため、光の入り具合や構成物のカラーリングなどの計算処理のためCPUやグラフィック機能を強化したシステムが必要になります。ご利用のソフトウェアや用途によってGPUなどのシステム構成に差異はありますが、基本的に高性能なGPU搭載が必須となります。
動画エンコード・編集
最近の動画作成シーンではエンコード作業にCPUではなくGPUを担当させるようになりました。GPUでのエンコードはCPUの何倍も高速に処理されるため、日々反復的な動画作成や長い時間の動画作成などでの恩恵は計り知れません。もちろん CPU が弱いとそれだけ処理が遅くなるのは言うまでもありません。また、作成したデータを書き込むためのストレージ環境を高速にしないと書き込みで遅延が起きて遅延が発生する場合もあるため、メモリおよびストレージの強化も必要です。総合的にハイスペックなシステムを構築することになります。
イラストレーター・写真編集・加工系
イラストレイターやフォトグラファーの作品は色彩によって表情が変化します。このためできるだけイメージを忠実に再現するために表示環境はとても重要な要素となります。クリエイターパソコン購入の際に注目するポイントは 液晶画面 と GPU です。とは言えグラフィック機能だけを強化しても全体的なバランスが悪くなってしまうのでCPUやメモリ、ストレージなど全体的にハイスペックなシステムを構成することも忘れてはいけません。
3D・ゲーム・VR開発
最近のゲームに使われている技術「レイトレーシング」。これはより物体の影や光のゆらぎなどを予測計算し再現可能となっていますが、残念なことに従来のシステムで再現することがとても難しいです。今後はゲームだけでなく VR の世界でも重要な要素になるので これらのリアルなグラフィックを扱うなら レイトレーシング用の RT コアおよび AI 用の Tensor コアを搭載したシステムが必要になります。
クリエイターにおすすめのノートパソコン
HP ZBOOK Studio G7 Mobile Workstation プレミアムパフォーマンス
(メーカーページへ)
- CPU:vPro Core i7 10850H (6c/12th)
- GPU:Quadro RTX 4000 (8GB)
- メモリ:32GB DDR4-2933MHz
- ストレージ:2TB M.2 SSD(PCIe/NVMe/TLC)
- 通信機能:intel AX201 (Wi-Fi6 対応)
- 画面表示:15.6 FHD IPS
- OS:Windows 10 Pro
様々なメーカーから最適なモデルが登場していますが、筆者が今回チョイスしたのは HP社 のZBOOK Studio G7 プレミアムパフォーマンスモデル です。本記事はプロモーションでも何でもないので忖度なしの内容となっていますが、それでもこの機種はクリエイターが欲しがるスペックを反映していて、GPU で RTXを選択できる点は非常に嬉しいポイントです。その他、CPU にノート用ではハイスペックになる第10世代の Hモデルを、メモリはクリエイターに嬉しい32GBを採用しています。画面がFHDなのでやや不足気味ですが、クリエイターの多くはクラムシェルモードで外部4Kモニタ+キーボード・マウスを接続していることを前提として考えれば外出先でバッテリーを節約する意味を込めてFHDでも良いかもしれません。その他構成パーツも手抜きのない構成となっているのと国内流通やサポート体制が確立されている点を踏まえて考えても迷ったらコレという一台ではないでしょうか。今回はカタログスペックのみでのチョイスとなっていますが検証用に1年くらいテレワークで使わせてくれたら最高!と思ってみたり。
その他、筆者が気になったクリエイター向けノートPCをいくつかあげておきます。
Lenovo Thinkpad P15
クリエイターの中には IBMの当時から Thinkpad を愛するユーザーが一定数いますが、本機も例にもれずクリエイター用PCとしてトップレベルの性能を誇っています。なぜ筆者が次点にしたのか、それは残念ながらRTXを選ぶとHP ZBOOK Studio G7 にはコスト面で後塵を拝すことになるから。でもキャンペーンや販売店特価などをうまく引き出せれば本機も視野に入れて良いかもしれませんね。
Razer Blade 15 Studio Edition
Razer は御存知のとおりゲーミングPCの老舗なのでこの手のハイスペックPCはお手のもの。でも残念なことにPCは英語キーボード版だけなので好き嫌いが分かれる結果に。ただ筐体のデザインはさすがRazerだけのことはあり、スタイリッシュでスタバデビューも恥ずかしくない?かもしれません。
MSI WS66-10TM-248JP
MSI は台湾を拠点としている世界的な主要PCパーツメーカー※のひとつで、マザーボードやグラフィックカードが有名です。ネームバリューはともかく国内流通事情はイマイチですが、餅は餅屋、専業メーカーが作ったPCなので死角はありません。・・・が、お値段63万円とお高めを通り越してお高いので評価が伸びず。
※主要PCパーツメーカー:ASUS、MSI、Gigabyte、Asrock
さて、あなたのお気に入りは見つかりましたか?
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